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zoom RSS 第14回ビハーラ全国集会 京都

<<   作成日時 : 2011/12/04 23:25   >>

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12月3日(土)  12月4日(日) 

          備忘録として。

     朝、ひまわりのミーティングに参加して途中からメンバーの2人で京都へ。

            12月3日・4日の2日間 第14回ビハーラ活動全国集会参加。

            西本願寺御影堂門前の銀杏の黄葉が青空に映えて美しい。(12月4日)


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                      御影堂前の大銀杏の(12月4日)

       阿弥陀堂での開会式には出席できず、聞法会館での基調講演に何とか間に合った。


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     今回のテーマ  「死をみすえて今を生きる 〜 これからのビハーラ活動とは 〜 」

   マグニチュード9という世界を震撼させた「東日本大震災」は、人間の根源的な生死感を
   問いかけるものになりました。
    同時に、精神的なより所や生活の根拠を失う人々が多くでて、そこに「助け合い」「支えあい」
   「学びあい」のあり方が模索されてきました。
    今回の全国集会は、これらの厳しい現実をみつめ、これからの「ヒハーラ活動のあり方」を
   探るべく開催いたします。



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   13:30  基調講演  聞法開棺多目的ホール

         講師 中川 恵一さん (東京大学医学部付属病院準教授 ・ 緩和ケア診療部長)

            講 題  「 日本人とがん 」 

基調講演要旨

       「ねがはくは花の下にて春死なん、そのきさらぎのもち月のころ」と

       詠った西行を引き合いに出すまでもなく、日本人は、死を意識して生きてきました。

  死は自らの心のなかにも、生活のなかにも存在していたのです。そもそも、死ななかった人間など
 1人もいません。死は日常に溢れていました。死の学習が可能だったのです。
  しかし、今や、死は他人事。小学生372人に、「人は死んで生きかえるか」と質問したところ、
 4%が、「はい」、「32%」が分からないと答えています。
 (宇都宮直子『「死」を子どもに教える』中公新書クラレ)。
 子どもたちにとって、死はゲームの中の世界。主人公が死んでも、
 リセットボタンで「生き返る」のです。
 大人も子どもも死を実感できなくなり、「死なないつもり」で生きているのです。
  かって、子どもたちは、大家族のなか、祖父母たちが、家で死んでいく様子を見ていました。
 しかし、現代の核家族では、家庭には老いはありません。また、50年前には80%以上が自宅死
 でしたが、今や、病院死が85%に及びます。「畳の上で死ぬ」人は例外になり、死は病院に隔離・
 隠蔽されています。
 日本人にとって、老いや死は生活のなかからも心の中からも消えてしまいました。
  日本人の理想の死にかたは「ピンピン、コロリ」だといいます。
 この希望に反して、日本人の死因のトップは「がん」です。年間110万人以上の人が死に、
 約3分の1ががんで亡くなっています。
 「がん」は「ピンピン、コロリとは逆に、徐々に死に向かっていく病です。「もう治らない」と分かって
 からでも、年単位場合によっては2年以上の時間があります。
 「死ぬ」その瞬間まで、「死の恐怖」と闘わなければならないことを意味します。

  逆に言えば、がんによる死は「予見される死」といえます。
 「人生の仕上げ」ができるだけの時間が与えられるのです。  
 しかしその「メリット」を活かして死んでいった方はほんの一握りのように思います。
  私ががん治療と緩和ケアの専門として、多数のがん患者さんと向き合ってきました。
 そして多くの「がん死」の現場に立ち会ってきました。
 しかし、多くの死の場面で、満ち足りない何か感じてきました。

  あえて言うなら・深みをもった死が少ないように感じるのです。 
 多くの場合、進行がんは、痛みを伴います。日本は医療用の麻薬などで痛みをとる「緩和ケア」
 が遅れているため、多くの方が、がんの痛めに耐え、苦しみながら死を迎えています。
 言い換えれば「死の恐怖」と闘う前に「痛み」と格闘しなければならず「死の恐怖」を感じる暇も、
 「人生の仕上げ」をする余裕もありません。
   がんの対策が進み、緩和ケアが進んで「痛み」がとれたとき、日本人は「死の恐怖」に直面
 せざるを得なくなります。患者の苦悩は今後、「カラだの痛み」から「死の恐怖」に
 変貌していくと思います。
 私たちは一度きりの死を、満ち足りたものにすることができるでしょうか。

  
    
          印象に残っていることば・・・がんを通して死に親しむ

             がんは現代のメメント・モリ  である。
  
    メメント・モリ(Memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」と
    いう意味の警句である。「死を記憶せよ」などと訳される。
    芸術作品のモチーフとして広く使われ、「自分が死すべきものである」ということを
    人々に思い起こさせるために使われた。   Wikipedia



                            
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    15:45  基調講演を受けて 25の会場に分かれて、105分の分散会。

           私は第25グループ 安穏殿3F ・・・・・ 北は北海道・南は宮崎県。

           
12月4日(日) 

       9:00 〜 11:00 分科会  医療・福祉・在宅・カウンセリング・寺院と地域・子ども

                           6テーマー10分科会に分かれて。

                           
       第2分科会に(前もって申し込み) 現代医療の課題。

       発題者  加藤 達治さん (戸畑共立病院副院長 呼吸器内科部長)

             日本と海外の病院の 出発点の違い。

       日本は東大病院から始まった。

       海外においては、キリスト教の修道女・修道士が神に仕えるために病人を集めて

       日常生活上の世話をしたのが始まりとされ、看護活動の原点でもある。   

                      意見交換がとても活発だった。
                  
                        ------------------- ---------
  
      11:30    休憩をはさんで総括  

        総括者 鍋島 直樹さん 龍谷大 法学部 教授  総括の45分・・・短く感じた。

       がん・・2人に1人・・・・・顔を見合わせると相手ががんだと思う 

       治す(治療とう癒す(こころのケア)の2つによって病気を治す。

       聴 ・・ ユルサレテ キキ・ ユルサレテ ハナス  

       月愛  黙ってそばにいる   ・・  闇を消すことはできないがそこに月がある。

       活動は与えるより受けることのほうが多い。

       願われたいのちにいきづく  自然  「おのずからしからしめる」 

       答えを示すのではなく共有。

       宮沢賢治から ・・・・・  行ッテ 

             東ニ病氣ノコドモアレバ 行ツテ看病シテヤリ

             西ニツカレタ母アレバ  行ツテソノ稻ノ束ヲ負ヒ

             南ニ死ニサウナ人アレバ 行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
  

       自利利他 自らを生かし、他者を生かすということ。

                自分が必要とされていることは嬉しいことです。

 
                          
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              13:00前全て修了 ・・ 奈良の会員と京都駅で食事して解散。

          会員2人で今日が最後となる 「秋の特別拝の観高台寺」 へ向かう。 


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